英国批評家協会賞(ナショナル・ダンス・アワード)2024の受賞者が発表されました!

© Royal Opera House 2024
2024.06.05
英国批評家協会賞(ナショナル・ダンス・アワード)2024の受賞者が発表されました!
© Royal Opera House 2024
2024.06.03
田里光平(NBS/公益財団法人日本舞台芸術振興会)
※英国ロイヤル・オペラの日本公演を主催
日本人にとって特別なオペラ『蝶々夫人』
『蝶々夫人』は日本人にとって特別なオペラだ。現在世界の歌劇場で恒常的に上演されているオペラの作品数は60~70と言われているが、その中で唯一、日本を舞台にした作品であり、日本文化がどのように舞台で表現されるか、その演出に向けられる日本人の目は厳しい。そして、今なお日本各地に残る米軍基地のことを考えると、このオペラが現代まで続いている物語であることに想いを馳せずにはいられない。
残念なことに海外の歌劇場では日本文化への理解を欠いた演出も多く、それゆえにメジャーな作品でありながら、国内の団体以外で本作を観る機会は皆無という状況だった。そんな日本の状況に変化をもたらしたのが今回の英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンによる『蝶々夫人』の上映ではないだろうか。プッチーニの生み出した甘美で流麗な旋律は背筋が震えるほど美しく、一流の歌劇場、アーティストによる上演は、音楽の洪水にひたる喜びを体感させてくれる。
そして美しい音楽とともに、今回のモッシュ・ライザー、パトリス・コーリエの演出による舞台は、私たち日本人の観客に“安心”を与えてくれる舞台である。英国ロイヤル・オペラでは今回の再演に際し、日本人スタッフを投入。日本人からみても違和感のない舞台になるようにアップデートを重ねてきた。
歴史的背景が確立されているオペラを演出するのは非常に難しい。時代考証を綿密にすると、時として古臭い印象を与えてしまうこともある。さらにSNSが普及し、早いテンポや展開になれた現代人の感覚にも耐えうるものにしなければ観客の支持を得ることは難しくなってくる。
今回の上演では単純に明治時代を再現するのではなく、伝統的でありながらどこか現代性を感じさせる要素が随所に織り込まれている。蝶々さんのまとう婚礼の白無垢も、スズキの質素な着物も、いわゆる“着物”とは少し違うデザインで、素材も異なっている。装置や照明とあわせて考え抜かれた衣裳の色使いも美しい。障子にみたてた白い背景幕を簾のように上下させることでテンポよく場面を変えつつ、違和感なく場面が日本であることを表現する。少しの工夫で観客に与える印象を変えられることを示した好例といえるだろう。
最高の歌手による、誇り高く美しい蝶々さん
プッチーニのオペラは歌手にとっては過酷な作品ばかりだ。中でも蝶々さんは“ソプラノ殺し”と言われることもある難役で、15歳の可憐な少女という設定のために柔らかで繊細な音色が求められる役柄。大編成のオーケストラを突き抜ける声で、かつ繊細な表現をすることは非常に難しい。しかも全編をとおしてほぼ出ずっぱりで歌わねばならず、体力的にも負荷の大きな役である。
そんな難しいプッチーニのオペラを得意とし、今回の上映において音楽的成功を牽引しているのがアスミク・グリゴリアン。ザルツブルク音楽祭の『サロメ』の成功で一躍世界の檜舞台に躍り出たこの若き歌手は、他の歌手にはない圧倒的な存在感と個性を放つ。一度彼女の舞台に接したならば、その舞台は観客にとって長く記憶に残るものとなるだろう。
グリゴリアンは「プッチーニは感情を音楽で表現する名人」と語る。持ち前の強靱かつしなやかな声は役柄によって様々な色彩を帯び、彼女が演じるとオペラのヒロインが血のかよった人物となり、舞台がより生き生きと輝く。声だけでも主人公の心情を観客に伝えきる力をもち、さらに高い演技力まで兼ね備えている稀有な歌手である。
そして「音楽を通して私自身の物語を表現している」と、常に独自の解釈を探求するディーヴァは受け身のヒロインにはとどまらない。彼女の演じる蝶々さんは自らの強い意志を感じさせる。特に2幕の終盤から3幕の幕開きにかけ、一人舞台に正座し、じっと宙をみつめるグリゴリアンの姿は、歌わずして蝶々さんの孤独とかすかな希望、さらには武家の娘であるという誇りを感じさせ、終幕の自死を予感させる。まさに本公演の白眉といえる場面である。なお、そんなグリゴリアンのチャーミングな素顔が見られるのはシネマならではの嬉しさ。リハーサルでドラゴンボールのTシャツを着ている姿には思わず笑顔がこぼれる。
こうして言葉を尽くしてみたところで、『蝶々夫人』というオペラやアスミク・グリゴリアンという歌手の魅力を十分に伝えることはできない。オペラはやはり劇場で体験する芸術であり、生の演奏や歌声に触れないとその真の魅力は伝わらない。まだオペラに触れたことがない方はまずはシネマから、そして生の舞台へと少しずつその世界を広げていただければ、きっと新たな喜びを感じてもらえるのではないだろうか。総合芸術と言われるオペラには数百年にわたって受け継がれてきた豊かな土壌が備わっているのだから。
2024.06.03
現地メディアからは数々の賛辞とともに高評価を頂いております!
ぜひこの機会にご鑑賞くださいませ。
★★★★★
DAILY EXPRESS
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THE STAGE
★★★★
THE GUARDIAN
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THE INDEPENDENT
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BROADWAY WORLD
★★★★
INEWS
2024.06.03
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2024.04.02
森菜穂美(舞踊評論家)
濃厚なドラマティック・バレエの沼に溺れてみたい―愛と官能の最高傑作、ロイヤル・バレエの『マノン』
ケネス・マクミラン振付の『マノン』は、『ロミオとジュリエット』『うたかたの恋―マイヤリング』と並び、マクミランの代表作と呼ばれるドラマティック・バレエの最高傑作だ。今年で初演から50周年を迎える。ロイヤル・バレエの歴史の中でも、初演のアントワネット・シブリ―、アンソニー・ダウエル、そしてシルヴィ・ギエム、本シネマシーズンで司会を務めるダーシー・バッセルなど、スターによる数々の名演が行われてきた。
18世紀のパリの裏社交界が舞台。華やかさの裏で絶対的な貧困がはびこる世界で、魔性の美少女マノンは贅沢な生活を選ぶのか、貧しくてもデ・グリューとの愛に生きるのか。愛の本質を問い続け、人間心理の深層に迫った色褪せない名作である。ガラ公演では、恋の高揚感に酔うロマンティックな『寝室のパ・ド・ドゥ』や、ルイジアナの沼地での死を前にした極限の愛を見せる壮絶な『沼地のパ・ド・ドゥ』が頻繁に踊られるなど、一度観たら忘れられない名場面の多い作品だ。ロイヤル・バレエを始め、パリ・オペラ座バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、オーストラリア・バレエ、ヒューストン・バレエ、そして新国立劇場バレエ団など世界中のバレエ団で上演され、踊り継がれてきた。
原作はアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』で、オペラ化も、映画化もされている(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督による1949 年の映画化『情婦マノン』、そしてカトリーヌ・ドヌーヴ主演の『恋のマノン』(1967)も映画ファンなら知っている人も多いだろう)。
1973年夏のロイヤル・バレエのシーズンの最終日の夜、ロイヤル・バレエのプリンシパル、アントワネット・シブレーは楽屋に一冊の本が置いてあることに気が付いた。本に添えられたケネス・マクミランからのメモには、「夏休みの課題読書です。74年の3月7日に必要になります」と書かれていた。
マクミランはプレヴォーの1731年の小説に基づき、自身のシナリオを作り上げた。マノンの気まぐれな態度の鍵は、貧困を恐れたことにあったと彼は受け止めた。兄レスコー同様、彼女は貧しさという屈辱を逃れるためには何でもしたのだ。何よりも彼女は贅沢な生活をするために金持ちの男に守ってもらう必要があった。18世紀のパリ社会は、モラル的にも金銭的にも移り気で、富と腐敗が、堕落と退廃と共に繁栄を誇った。このバレエの舞台は一見華やかに見えて、これらの対照性を明らかにしている。場面転換の後ろ側にはボロ布が吊るしてあり、性的なサービスを提供することによって得られた贅沢な服をまとった女性たちが誇らしげに歩くそばで、小銭を拾う浮浪児たちがいる。(ジャン・パリー「一つの古典の創造」より引用)この貧困がはびこる世界観は、現代の格差社会や貧困と地続きのものを感じさせる。
甘美でドラマティックな旋律が印象的な音楽については、マクミランは1974年のバレエ初演時、レイトン・ルーカスに編曲を依頼してオペラ版も手掛けたジュール・マスネの音楽を用いたが、オペラと同じ曲はあえて使用していない。現在のバージョンは2011年にマーティン・イエーツが、マスネの既成の曲を最初からまるでバレエ組曲として書かれたように再構成して完成させた。
本上映では、ロイヤル・バレエのトップスターたちの贅沢な共演と共に、舞台に立っている一人一人のアンサンブルが、18世紀のパリ、そしてニューオーリーンズに生きる人々の息吹を細やかな演技で伝えて、これぞ英国の本家ドラマティック・バレエという見ごたえのある舞台を堪能させてくれる。
今回マノンを演じるのは、世界的なスターバレリーナのナタリア・オシポワ。ボリショイ・バレエ時代から高い身体能力と技術で知られてきた、ロイヤル・バレエに移籍後には演技力を磨き、強靭な肉体をすみずみまで使って物語を語る唯一無二の傑出した個性と表現力で、ロンドンでも熱狂的に支持されている。時には大胆に、時には繊細に、マノンという一筋縄ではない女性を舞台の上で説得力を持って生き、観客に強い衝撃を与える。流されるだけのヒロインではない、過酷な運命の中で生き抜こうとする強さを持つ新しいマノン像を目撃してほしい。
マノンを一途に愛するデ・グリュー役は、シネマの全幕作品では初主演のリース・クラーク。2022年にプリンシパルに昇進したばかりで、ロイヤル・バレエ一の長身、映画スターのような麗しい容姿の持ち主であり、バレエ団の次世代を担い国際的なスターダンサーへと羽ばたこうとしている。本作では空中に投げられて二回転をしたマノンを地面すれすれでキャッチする、オフバランスなど危険ぎりぎりの難しいサポートが頻出するが、魔法のような彼のサポートには驚かされるはずだ。本作で重要なパ・ド・ドゥの素晴らしさと、息の合った演技は、観る者を深い感動に引きずり込むことだろう。オシポワとは、昨年夏のロイヤル・バレエ来日公演『ロミオとジュリエット』でも共演しており、初共演以来5年間にわたって見事なパートナーシップを築いている。
マノンの兄レスコーには、今年3月に惜しまれながら引退し、ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス(RAD)の芸術監督に就任する、実力派プリンシパルのアレクサンダー・キャンベル。大胆な酔っ払いのソロなどで、踊りと演技が融合した名人芸を見せてくれる。またレスコーの愛人として、シネマシーズンの『ドン・キホーテ』での主演が記憶に新しいマヤラ・マグリが魅力を振りまき、ムッシュG.M.にはロイヤル・バレエきっての名役者ギャリー・エイヴィスが味わい深い演技を見せている。
マダムの館でのダンシング・ジェントルマンの踊りでは、アクリ瑠嘉を始め、カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズというプリンシパル有力候補の3人が華麗なステップを踏んでおり、次に誰が昇進するのかワクワクしながら観るのも本作の楽しみ方の一つだ。ベガ―チーフ(物乞いの頭)を演じる中尾太亮の鮮やかな跳躍や回転技、あでやかな高級娼婦を演じる崔由姫、前田紗江ら日本出身のダンサーたちの活躍も見逃せない。
今回のシネマシーズンでは、マノン役を始め、レスコーの愛人など数々の役を演じ、昨年日本で惜しまれながら引退して現在はマクミラン財団の芸術監修者となった名花ラウラ・モレ―ラが『マノン』の真髄について語り、そして主役を指導するシーンが見られる。また重厚にて絢爛な舞台美術を手掛けた、巨匠故ニコラス・ジョージアディスの姪エフゲニアが、本作の舞台美術や衣裳について語るトークも聞き逃せない。
演劇性に優れたバレエの世界最高峰、ロイヤル・バレエが本気を見せた最高傑作『マノン』、ぜひ大スクリーンで味わって、沼地にはまったまま帰れなくなるようなディープな舞台体験をしてみてほしい。
2024.04.01
バレエ作品の中でも最もドラマティックで破滅的な作品のひとつとして高い人気を誇る、ケネス・マクミラン振付の『マノン』。『ロミオとジュリエット』『うたかたの恋―マイヤリング』と並び、マクミランの代表作と呼ばれるドラマティック・バレエの最高傑作であり、今年で初演から50周年を迎える。
18世紀のパリの退廃的な裏社交界が舞台。多くの男性を惑わせる美貌の少女マノンが、神学生のデ・グリューと出会い熱烈な恋に落ちる。兄レスコーの手引きから富豪ムッシュG.M.から愛人にならないかと誘われたマノンは、デ・グリューとの愛と、G.M.との豪華な生活の間で引き裂かれる。高級娼婦として悪徳にまみれ、いかさま賭博に手を染めるが―
出会いの後の甘美そのものの恋の歓びを伝える“寝室のパ・ド・ドゥ”、それと対照的な終幕、マノンとデ・グリューが逃げ込んだルイジアナの沼地で、最後の命の炎を燃やして果てるまでの壮絶な“沼地のパ・ド・ドゥ”が胸を打つ。
(上演日:2024年2月7日)
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ジュール・マスネ
【編曲】マーティン・イェーツ (選曲:レイトン・ルーカス、協力 ヒルダ・ゴーント)
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【照明デザイン】ジャコポ・パンターニ
【ステージング】ラウラ・モレ―ラ
【リハーサル監督】クリストファー・サウンダース
【レペティトゥール】ディアドラ・チャップマン、ヘレン・クローフォード
【プリンシパル指導】アレクサンドル・アグジャノフ、リアン・ベンジャミン、アレッサンドラ・フェリ、エドワード・ワトソン、ゼナイダ・ヤノウスキー
【コンサートマスター】セルゲィ・レヴィティン
【指揮】クン・ケッセルズ
ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
【出演】
マノン:ナタリア・オシポワ
デ・グリュー:リース・クラーク
レスコー:アレクサンダー・キャンベル
ムッシュG.M.:ギャリー・エイヴィス
レスコーの愛人:マヤラ・マグリ
マダム:エリザベス・マクゴリアン
看守:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド
ベガー・チーフ(物乞いの頭):中尾太亮
高級娼婦:崔由姫、メリッサ・ハミルトン、前田紗江、アメリア・タウンゼント
三人の紳士:アクリ瑠嘉、カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズ
娼館の客:ハリー・チャーチス、デヴィッド・ドネリー、ジャコモ・ロヴェロ、クリストファー・サウンダーズ、トーマス・ホワイトヘッド
老紳士:フィリップ・モーズリー
娼婦、宿屋、洗濯女、女優、乞食、街の人々、ねずみ捕り、召使、護衛、下男:ロイヤル・バレエのアーティスト
2024.03.19
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2024.02.15
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2024.02.14
森菜穂美(舞踊評論家)
観る人誰もを幸せにする、ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魔法
冬の風物詩として、最も愛されるバレエ作品である『くるみ割り人形』。E.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」をもとに1892年に誕生した本作は、チャイコフスキーの切なく美しい旋律と幻想的な雪の場面や華麗な各国の踊り、クリスマスを舞台にした少女のファンタジックな成長物語が人気を呼び、様々な振付作品が誕生してきた。
<ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』の魅力とは>
ロイヤル・バレエで570回以上も上演され愛されてきたピーター・ライト版は、1984年に初演。ホフマンの原作に登場する、ねずみ捕りを発明家のドロッセルマイヤーが発明したため、彼の甥ハンス・ピーターがねずみの女王の呪いでくるみ割り人形に姿を変えられてしまうというエピソードがプロローグで示される。ねずみの王様をやっつけた勇敢な少女クララに愛されることで呪いが解け、ハンス・ピーターが元の姿に戻ってドロッセルマイヤーの元に帰ってくるという物語性がはっきりしていることが、大きな魅力の一つとなっている。
多くの「くるみ割り人形」では、クララ役を子役ダンサーが踊り、2幕ではお菓子の国の祝宴のお客様として座っているだけという演出が主流だ。だがロイヤル・バレエのピーター・ライト振付『くるみ割り人形』では、クララと、くるみ割り人形から元の姿になったハンス・ピーターは、雪の場面や、お菓子の国における各国の踊り、さらには花のワルツの中でもパワフルに踊って、最初から最後まで大きな存在感を見せている。各国の踊りは、時代に合わせて改訂が加えられ、ロシアや中国のダイナミックな動きは特に観客を沸かせている。
<ライジング・スターが抜擢されるクララとハンス・ピーター役、若手日本人ダンサーも活躍>
クララ役やハンス・ピーター役は、若手の有望ダンサーが抜擢されることが多く、その中にはその後プリンシパルに昇格して、最後の金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥという主役を踊ることが多い。今回金平糖の精と王子を演じる、アナ・ローズ・オサリヴァンとマルセリーノ・サンベは、2019年のシネマで劇場公開された公演でこのクララ役、ハンス・ピーター役を演じ、その後プリンシパルに昇格した。
今回、クララを演じるのは、2018年に入団して以来、頭角を現しているソフィー・アルット。清楚な可愛らしさと共に知性も感じさせ、柔らかい動きが魅力的で卓越したクラシック技術を持つ。先だってシネマ上映された『ドン・キホーテ』ではキトリの友人役として大活躍した。ハンス・ピーター役には、若手ソリストのレオ・ディクソン。シネマ上映の『ドン・キホーテ』ではワイルドなロマの首領、また別の公演ではエスパーダ役でデビューも果たした期待の星だ。少女クララの憧れを体現したようなフレッシュな好青年ぶりと輝かしいテクニックで魅せている。これからの成長が期待される〝推し“を見つけることができるのもシネマの魅力である。
主役以外でも、スタイリッシュで渋い魅力を発揮している魔術師ドロッセルマイヤーのトーマス・ホワイトヘッド、アラビアではドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』に出演したルーカス・B・ブレンツロド、薔薇の精役の愛らしい実力派イザベラ・ガスパリーニなど注目ダンサーが多く登場している。
毎回日本人ダンサーの活躍を見ることができるのを楽しみにしている人も多いはず。冒頭、鮮やかな跳躍で目を奪うドロッセルマイヤーのアシスタント役は、2013年に世界最大のバレエコンクールであるユース・アメリカ・グランプリのホープアワードを10歳で受賞した五十嵐大地が演じている。五十嵐は今シーズン、ハンス・ピーター役にも抜擢されており成長が目覚ましい。1幕では兵士、2幕ではロシアを演じた中尾太亮は今シーズンソリストに昇進し、ハンス・ピーター役を演じているホープで、美しいつま先や高い跳躍が見もの。中尾と対で踊るヴィヴァンデール(人形)、そして花のワルツのリードを踊る佐々木万璃子は、金平糖の精、そしていよいよ4月には『白鳥の湖』で待望のオデット/オディール役を演じるなど、確実にプリンシパルへと近づいており、確かな技術のみならず華やかさも身につけてきた。
<金平糖の精のパ・ド・ドゥ、この上なく美しく甘く切ない踊りの秘密>
『くるみ割り人形』のクライマックスは、金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥ。クラシック・バレエの中でも究極のパ・ド・ドゥと言えるこの場面は、まるで天国にいるようなバレエの美の結晶である。甘く切ない旋律が胸を締め付けるが、チャイコフスキーが『くるみ割り人形』を作曲中に最愛の妹アレクサンドラを亡くし、その悲しみがこの曲に込められているという説もある。チャイコフスキーが、他の作曲家に知られないようにパリからロシアに持ち込んだチェレスタという鍵盤楽器の音色も、天国からの響きのようだ。「金平糖が床に飛び散るような」「ケーキの上のアイシングのような」キラキラした金平糖の精のソロ、王子の超絶技巧を詰め込んだソロ、コーダの高速回転など見せ場が満載だ。今回のシネマ上映では、ダーシー・バッセルが金平糖の精役のアナ・ローズ・オサリヴァン、王子役のマルセリーノ・サンベを指導する場面も登場するが、舞台上ではいともたやすく踊られているこの踊りが、いかに高度な技術や、細かい見せ方を計算して踊られているかがよくわかる。最高のダンサーだけが踊ることができるパ・ド・ドゥだ。
<ねずみの王様は隠れた主役>
『くるみ割り人形』の原作はE.T.Aホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王様」というわけで、ねずみの王様も非常に重要なキャラクターとなっている。今回のシネマ上映では、デヴィッド・ドネリーが演じるねずみの王様とくるみ割り人形、クララとの戦いの場面のリハーサルシーンも楽しめる。ねずみの被り物をかぶらないで踊るとこんな感じになるのか!という発見ができる。王様らしい威厳がありながらも、お茶目さも感じさせるねずみの王様はどこか憎めなくて、子どもの観客にも人気がある。コロナ禍の際には、このねずみと兵隊たちとの戦いの場面の振付が変更され、ねずみや兵士たちを演じる子役たちが出演しない演出になっていたが、2022年より従来の版に戻した。なお、雪の場面のコール・ド・バレエ(群舞)もコロナ禍の時の16人から24人に今回から増やされており、雪が舞い児童合唱の美しい響きの中で幻想的な舞を見せてくれる。
<世界中で愛される『くるみ割り人形』の中でも、ロイヤル・バレエ版は決定版>
ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト振付の『くるみ割り人形』は数ある『くるみ割り人形』の中でも、物語がしっかりしているドラマチックさ、夢と冒険がいっぱいのファンタジックさ、華やかな金平糖の精の場面で最も人気のあるプロダクションの一つである。チケットも発売と同時にすべての公演が売り切れるほどだが、本拠地ロイヤル・オペラハウスでしか上演されていない。それを日本の映画館で観ることができるのが、このシネマシーズンの魅力だ。世界最高のロイヤル・バレエのトップダンサーによる、バレエの魔法に夢見心地の2時間35分を映画館で過ごしてほしい。
2024.02.09
クリスマスの時期に世界中で上演される『くるみ割り人形』、その中でも決定版とも言われる英国ロイヤル・バレエのピーター・ライト版『くるみ割り人形』。チャイコフスキーの甘美な旋律に乗せ、魔法のように大きくなるクリスマス・ツリー、ねずみたちとの戦い、美しい雪の精たち、そしてお菓子の国で繰り広げられる華やかな宴、心温まる幕切れと見どころ満載。ロイヤル・バレエで 570 回以上上演され愛され続けている本作が、今年も世界中の皆さんの心を暖めてくれる。
(上演日:2023年12月12日)
【振付】レフ・イワーノフに基づき ピーター・ライト
【音楽】ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
【台本】E.T.Aホフマンに基づき マリウス・プティパ
【プロダクションと台本】ピーター・ライト
【美術】ジュリア・トレヴェリアン・オーマン
【照明デザイン】マーク・ヘンダーソン
【ステージング】クリストファー・カー、ギャリー・エイヴィス、サマンサ・レイン
【アラビアの踊り】ギャリー・エイヴィスが再振付
【指揮】アンドリュー・リットン
【コンサート・マスター】マグナス・ジョンストン
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【出演】
金平糖の精:アナ・ローズ・オサリヴァン
王子:マルセリーノ・サンベ
ドロッセルマイヤー:トーマス・ホワイトヘッド
クララ:ソフィー・アルナット
ハンス・ピーター/くるみ割り人形:レオ・ディクソン
Act I
ドロッセルマイヤーの助手:五十嵐大地
キャプテン:ケヴィン・エマートン
アルルカン:テオ・デュブレイユ
コロンビーヌ:シャーロット・トンキンソン
兵士:中尾太亮
ヴィヴァンデール:佐々木万璃子
ねずみの王様:デヴィッド・ドネリー
Act II
スペイン:ハンナ・グレンネル、アイデン・オブライエン、マディソン・ベイリー、ジャコモ・ロヴェロ、マディソン・プリッチャード、ハリー・チャーチス
アラビア:オリヴィア・カウリー、ルーカス・B・ブレンツロド
中国:フランシスコ・セラノ、スタニスラウ・ヴェグリジン
ロシア:ジョシュア・ジュンカー、中尾太亮
葦笛の踊り:シャーロッド・トンキンソン、アメリア・タウンゼンド、ユー・ハン、ジネヴラ・ザンボン
薔薇の精:イザベラ・ガスパリーニ
薔薇の精のエスコート:デヴィッド・ドネリー、テオ・デュブレイユ、ハリソン・リー、ジョセフ・シセンズ
花のワルツのリード:レティシア・ディアス、イザベル・ルーバック、ジュリア・ロスコ―、佐々木万璃子