2018.12.06

『英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2018/19』ロイヤル・バレエ『うたかたの恋』解説

Mayerling

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2017/18の開幕を飾るのは、ハプスブルグ家をめぐる陰謀と愛欲に彩られたドラマティック・バレエの傑作『うたかたの恋』。

1889年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラと心中したマイヤーリンク事件。ハプスブルグ家を揺るがし、1918年に帝国が崩壊する予兆となった。この事件は『うたかたの恋』という題名で2度映画化され、また『マイヤーリング』の題名でオードリー・ヘップバーン主演でもテレビ映画化されている。さらにミュージカルとして宝塚歌劇団で上演されるなど広く知られている。

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英国バレエを代表する巨匠ケネス・マクミランは、1978年にこの実話をバレエ化した。両親に愛されず、政略結婚を強いられ、宮廷内の策略など政治的にも翻弄されてきた皇太子ルドルフは次から次へと愛人を作り、苦悩し病んでいく。バレエ作品には珍しく男性が主人公であり、6人もの女性ダンサーとパ・ド・ドゥ(デュエット)を踊り、高い演技力を要求されるルドルフ役。男性ダンサーならいつかは演じてみたいと熱望する難役である。パ・ド・ドゥの名手であり、人間の暗部を描くのに長けたマクミランの手腕が発揮され、19世紀末の帝国の宮廷の人間模様が、ドラマティックにそして官能的に、陰影に富んで描かれる。『うたかたの恋』は、『ロミオとジュリエット』、『マノン』と並んで彼の最高傑作のひとつであり、2010年のロイヤル・バレエ来日公演でも上演されている。ロイヤル・バレエならではの演劇性がたっぷり味わえる重厚な人間ドラマだ。

1992年、この作品の再演初日を上演中のロイヤル・オペラ・ハウスの楽屋で、マクミランは心臓発作を起こして急逝した。この公演には、本シネマシーズンの司会を務めるダーシー・バッセルもミッツィ・カスパー役で出演していた。

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大きな怪我を克服したスティーヴン・マックレーの舞台復帰は、この『うたかたの恋』のルドルフ役。超絶技巧ぶりと明るいキャラクターで知られるマックレーが、愛欲と麻薬に溺れ苦悶する皇太子という難しい役に並々ならぬ意欲で挑んだ。死によってのみ成就する永遠の愛に憧れ、ルドルフを大胆に挑発する少女マリー・ヴェッツェラには、演技力とテクニックを併せ持ったサラ・ラム。前回の上演ではラリッシュ伯爵夫人役を演じていた彼女が、ファム・ファタルぶりを発揮し、死に魅せられてルドルフと絡みつき、すべてを焼き尽くすような鮮烈なデュエットを見せる。ルドルフを立ち直らせようと腐心する元愛人ラリッシュ伯爵夫人には演技派ラウラ・モレーラ、ダーシー・バッセルも演じていた高級娼婦ミッツィ・カスパー役は、伸び盛りの若手マヤラ・マグリが魅惑的なダンスで印象を残す。ハンガリー独立運動に加担することをそそのかす4人の高官には、マルセリーノ・サンベ、リース・クラーク、カルヴィン・リチャードソン、トーマス・モックと若手ホープの男性ダンサーたちを起用。

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音楽はハンガリーと切っても切り離せないフランツ・リストを使用し、ジョン・ランチベリーが編曲。酒場のシーンにはメフィスト・ワルツ、それぞれのパ・ド・ドゥには超絶技巧練習曲から選曲して使用。フランツ・ヨーゼフの誕生日の宴では、彼の愛人であるカタリーナ・シュラットが歌手によって演じられ独唱し(「Ich scheide(我は別れゆく)」)、帝国の黄昏を象徴させている。美術は、マクミラン作品の数々を手掛けたニコラス・ジョージアディスで、オーストリア=ハンガリー帝国の宮廷を再現する重厚で華麗な舞台装置や衣装には目を瞠る。

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