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2026.06.24

『ジークフリート』見どころをご紹介します

コラム

石川了(ジャーナリスト/音楽・映画・ミュージカルナビゲーター)

2026年は、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの楽劇四部作『ニーベルングの指環』(以下、『指環』)がバイロイト祝祭劇場で全曲初演されてから150年。この節目の年にバイロイト音楽祭ではワーグナーのオペラ全10作品を上演する構想があったが、規模が大幅に縮小され、最終的に『さまよえるオランダ人』『リエンツィ』『パルジファル』そして『指環』の四部作にとどまった。音楽祭の開幕には、1872年バイロイト祝祭劇場定礎式でワーグナー自身が指揮したというベートーヴェンの『第九』が演奏される予定だ。

このメモリアルイヤーに英国ロイヤル・オペラでは、『指環』の三作目『ジークフリート』のニュープロダクションが上演された。アントニオ・パッパーノ指揮、バリー・コスキー演出で2023年にスタート。英国ロイヤル・オペラの『指環』としては19年ぶりの新制作となる。
『指環』は、無限の力を持つ黄金の指環を巡って、三世代にわたり天上と地上と地底で争奪戦を繰り広げる愛と憎しみと裏切りのドラマだ。四部作を通した上演時間はおよそ16時間。作曲に26年も費やしたワーグナー畢生の大作である。
コスキー版では、環境破壊後の世界のなかで、全裸の老婆(俳優が演じる)として登場する母なる大地の神エルダが、神々と人間、ニーベルング族による指環の争奪戦を見守るという視点で描かれている。

この『ジークフリート』からは、いよいよ恐れを知らない怪力の英雄ジークフリートが登場する。
破損した父の形見の宝剣ノートゥングを鍛え上げ、竜に姿を変えた巨人族のファフナーを退治して指環を手に入れたジークフリートは、眠れるブリュンヒルデを接吻で目覚めさせ、2人は愛を知る。登場人物の数も少なく、ストーリーもシンプル。会話や問答のなかで、指環のいきさつやジークフリートの出自、ブリュンヒルデの眠りの理由といった過去の顛末が語られるので、前二作(『ラインの黄金』『ワルキューレ』)を観ていなくても、ジークフリートの立場や状況がわかりやすい。
また、前二作はジークフリートが生まれる前の話だが、三作目からはジークフリートとブリュンヒルデが主人公となり、四作目『神々の黄昏』に直接ストーリーが続いていく。その意味でも、『ジークフリート』は四部作の転換点といえるだろう。

ワーグナー自身による『指環』の台本は、実は『神々の黄昏』『ジークフリート』『ワルキューレ』『ラインの黄金』の順で書かれていった。つまり、ワーグナーは全体の結末から逆算して話の流れをさかのぼり歌詞を紡いだのだ。
20世紀後半に“ジークフリート歌い”として一世を風靡したドイツのテノール歌手、ルネ・コロは、筆者がインタビューした際に、「ワーグナーは歌詞が最も重要で、歌詞から音楽が生まれたと言っていい」と語っていた。聖書からの引用も多く散りばめられているそうで、そのようなレトリックや言葉の裏に隠された意味を知らないと、ワーグナー作品の人物像は迫れないのだと言う。偉大なレジェンドは、台本作家としてのワーグナーに光を当てていたことが印象的であった。
一方、『指環』の作曲は、『ラインの黄金』から『神々の黄昏』へと順番通りに行われたが、『ジークフリート』の第二幕と第三幕の間にはおよそ12年の中断がある。その間に、ワーグナーは『トリスタンとイゾルデ』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』という二つの楽劇を完成させた。オーケストラの色彩感や音の分厚さなど、第二幕までの音楽と第三幕で印象が異なるのはそのためである。音楽的な意味でもやはり『ジークフリート』は転換点なのだ。
ちなみに、ワーグナーはリストの娘コジマとの間に生まれた長男にジークフリートと名付けた。コジマの誕生日には『ジークフリート牧歌』も作曲している(その旋律が第三幕に登場する)。ワーグナーにとってジークフリートは特別な存在だったのだろう。

実は、『英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26』の『ジークフリート』の映像を、本原稿を書くために事前にPCで観ていたのだが、試写会で改めて鑑賞すると、前二作に比べて圧倒的に面白く、『ロビン・フッドの冒険』『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』のようなハリウッド冒険映画さながらのスリルやワクワク感が半端なかったのだ。
オーケストラや歌い手たちのリアルなサウンドも魅力で、アンドレアス・シャーガー(ジークフリート)の若々しくエネルギッシュな歌声と、円熟したピーター・ホーレ(ミーメ)のキャラクターヴォイスはとにかく圧巻。指揮棒を持たないパッパーノに導かれたオーケストラも怒涛の渦巻きのような迫力だった。
コメディあり、ファイトシーンあり、スペクタクルあり、フィルム・ノワールあり、ラブシーンあり。意表を突く仕掛けや舞台美術もあって、アッという間の5時間半だ。

パッパーノは、「『指環』をひとつの交響曲として考えると、『ワルキューレ』の後にワーグナーが必要としたのは、(リズムで機動力をつける)スケルツォだった」と分析する。そういえば、現在ベルリン州立歌劇場音楽総監督(カペルマイスター)を務めるクリスティアン・ティーレマンも、『指環』を作曲家に例えて、『ラインの黄金』はモーツァルト、『ワルキューレ』はベートーヴェン、『ジークフリート』はウェーバー、『神々の黄昏』はブルックナーと語っていた。いずれの言説も言い得て妙。『指環』は今なお名匠たちを魅了し、私たちを感動させてくれるのだ。