コラム
<時代を超えた、普遍的なラブストーリー>
ケネス・マクミラン振付の『ロミオとジュリエット』は人間の生の感情をリアルに表現した演技と振付により、あまたある『ロミオとジュリエット』のバレエ作品の中でも決定版とされています。不朽の名作であり、演劇的なバレエを得意とするロイヤル・バレエの最も重要なレパートリーの一つです。この『ロミオとジュリエット』は世界中のバレエ団で上演されていますが、もちろん本家であるロイヤル・バレエは他の追従を許しません。
2023年夏にはロイヤル・バレエの来日公演でこの『ロミオとジュリエット』は上演され、全8回の公演の主演をすべて別々のペアが演じて、バレエ団の層の厚さを実感させました。
400年以上前に生まれた『ロミオとジュリエット』がなぜ、今も多くの人々に支持されるのでしょうか。1965年初演の、ケネス・マクミラン版のバレエ『ロミオとジュリエット』はなぜ、ロイヤル・オペラハウスで550回以上も上演された『ロミオとジュリエット』の決定版とされているのでしょうか。そこには、今だからこそ心に響く普遍的なメッセージがあるからです。
二つの名家キャピュレット家とモンタギュー家の争いは、世界に暗い影を落としたロシアとウクライナの紛争や米国での混乱に見られるように、今も絶えない国際紛争や、人種や貧富の差、格差による分断を象徴するように感じられます。
1993年のボスニア紛争においては、異なる民族の若い恋人同士がお互いに駆け寄って狙撃兵に撃たれ抱き合ったまま亡くなり一緒に埋葬されるという事件があり、『サラエボのロミオとジュリエット』としてドキュメンタリー映画にもなりました。
『ロミオとジュリエット』を現代のニューヨークに置き換えた不朽のミュージカル名画『ウエスト・サイド物語』(1961)のリメイクであるスピルバーグ版の映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)が生まれたのは、この分断がより顕著になってきた今だからこそ伝えたいメッセージを伝えるためでした。これらの作品は共に、憎しみの連鎖がより大きな悲劇を生み、無垢な若者が無残な死を迎えてしまうことの虚しさを今に伝えています。
<ジュリエットは最初のフェミニスト>
シェイクスピアの先進性を象徴するのが、ジュリエットの描き方です。マクミラン版の『ロミオとジュリエット』を踊った歴代のダンサーの中でも、特にこの役を当たり役としたアレッサンドラ・フェリ、そして現役でジュリエットを踊っているロイヤル・バレエのサラ・ラムは共に、「ジュリエットは最初のフェミニスト」だと語っています。ジュリエットは14歳と若い少女の設定ですが、その彼女が、たった一人で家の権威に立ち向かい、両親の意思に反して愛を貫く決意をして勇気ある選択をします。このような強いヒロイン像が400年以上も前に生まれたことに、シェイクスピアの先進性を感じます。
『ウエスト・サイド・ストーリー』のヒロイン、マリアも自分の方から積極的にロミオにキスをし、そして働いてお金を稼ぎ、大学に行って学ぶという夢を語るなど、自立した女性として描かれています。バレエの中では、わずか数日間の間に大人への階段を駆け上り、成長していくジュリエットの姿が印象的です。
<プロコフィエフの色彩豊かな音楽と振付の魅力>
プロコフィエフ作曲による音楽の魅力もバレエ『ロミオとジュリエット』の大きな魅力の一つです。甘美な「バルコニーのパ・ド・ドゥ」、CMでもおなじみの重厚な「騎士たちの踊り」、躍動感のある市場の踊り。時に雄大で時に繊細、ドラマティックで華麗な旋律が心を揺さぶります。登場人物のキャラクターを象徴させるライトモチーフの使い方も印象的です。
マクミラン版『ロミオとジュリエット』の魅力は、何より3つのパ・ド・ドゥの振付の巧みさと音楽との一体化です。「バルコニーのパ・ド・ドゥ」での恋のときめきと高揚感、疾走感は比類のないもので、終幕の悲劇もドラマティックな音楽で一層胸を締め付けるものとなります。
それまでのバレエ作品では見られなかった、常識を覆すような振付も登場します。象徴的なのは、両親に結婚を強制されて窮地に追い込まれたジュリエットが、ベッドの上に座り身動きもせず、ただ前を見据える名場面。雄弁な音楽が流れていき、ジュリエットが愛を貫く決意をする心情が伝わってきます。ジュリエットとロミオの出会いの時に時が止まったようになるなど、動かない場面こそが、大きな意味を持つのもこの作品の特徴です。
最終場面、墓所で仮死状態になったジュリエットとロミオのパ・ド・ドゥは、「死体は踊らないのでは?」と初演当初には賛否両論を巻き起こしましたが、作品の悲劇性を強調する場面として強烈な印象を残します。仮死状態のジュリエットを懸命にリフトするロミオは、「バルコニーのパ・ド・ドゥ」の幸福感、高揚感溢れる踊りを再現して、ジュリエットを生き返らせようとしますが、ジュリエットの身体は空しくも力なく落ちていきます。マクミランは、若い二人が両家の対立の結果むごたらしく死ぬ様子をこの作品で描きたかったと語り、ダンサーには醜く見えることを恐れるなと伝えていました。
数々の名作バレエの美術を手掛けてきてマクミランの右腕と呼ばれたニコラス・ジョージアディスによる想像力を刺激する壮麗なデザインは、ルネサンス時代のヴェローナの色彩と世界観をもたらしています。賑やかな市場がソード・ファイトへと急展開し、モンタギュー家とキャピュレット家の両家の悲劇へと進み、プロコフィエフの魅惑的なスコアが、胸を締め付けるクライマックス、そして終幕へと観客を導いていきます。
<ロイヤル・バレエを代表する噂のスター・ペア、金子扶生とワディム・ムンタギロフ>
今回のシネマシーズンの『ロミオとジュリエット』は、今やロイヤル・バレエを代表するプリンシパルへと成長し、シネマでも『シンデレラ』に続く主演でますます磨きがかかる大阪出身のプリマ、金子扶生がジュリエット役、また世界的なスーパースターで、「ワドリーム」と異名を取りロイヤル最高の貴公子と評されるワディム・ムンタギロフがロミオ役を演じています。近年世界中で共演している話題のこのペアは、息もぴったりに運命に翻弄された恋人たちをロマンティックに、情熱的に演じて絶賛されました。2023年のロイヤル・バレエ来日公演でも、このペアによる『ロミオとジュリエット』が大阪で上演されましたが、2年の時を経てより一層表現力を増した二人の演技が観られます。
人形遊びを無邪気にしていた14歳の少女が、わずか数日で大人への階段を駆け上り、無理解な大人たちに一人で立ち向かう強さを体現した金子は、繊細な演技力も見せて新境地を開いています。クラシック・バレエの理想的な王子様を演じることが多いムンタギロフが、貴公子ではなく普通の恋する若者を演じるところが観られるのも貴重な機会です。長く美しいラインの二人が繰り広げるバルコニーのパ・ド・ドゥの陶酔感と高揚感、引き裂かれる悲しみと苦悩に満ちた寝室のパ・ド・ドゥ、そして悲劇的なラストシーンに思わず引き込まれ、涙してしまいます。
そして今回ティボルトを強烈な存在感で演じるのは、ロイヤル・バレエきっての演技派である平野亮一です。堂々とした悪役ぶりと大人の色気を振りまいて視線を独り占めにします。また、マンドリン・ダンスのソリストとして、鮮やかで驚くべき高さの跳躍を見せて高度なテクニックを披露しているのは、これからの躍進が期待されるライジング・スターの若手ソリスト、五十嵐大地です。ほかにも随所で期待の若手日本人ダンサーが活躍しています。さらに、ジュリエットの婚約者パリス役は、ドキュメンタリー映画『バレエ・ボーイズ』で注目され、今では『オネーギン』のタイトルロールに抜擢される等、次世代のスターとして注目されているルーカス・B・ブレンツロドが演じています。舞台上にいるどんな小さな役のダンサーも、ヴェローナに生きる人物として一人一人存在しており、アンサンブルの見事さもロイヤル・バレエの魅力です。
シネマシーズンのお楽しみ、幕間では、司会のダーシー・バッセルとかつて『ロミオとジュリエット』で共演し、その後20年近く日本のKバレエ・カンパニーで活躍、昨年ロイヤル・バレエに指導者として復帰したスチュアート・キャシディのソード・ファイトについてのインタビューが観られます。また恒例の主演陣のインタビューとリハーサル映像、ルネッサンス時代を表現するのに欠かせないヘアメイクの担当者のインタビューなど、作品をより楽しむための映像も盛りだくさんです。世界最高峰のロイヤル・バレエのスターたちの演技による世界最高のラブストーリーを、お近くの映画館の大スクリーンで楽しんでください。